ツイッタラーの法律ノート

趣味で法律の本を読んだり判例評釈を読んだりしています。。

「労働者」って何?~東京オリンピックのボランティアに絡めて~

はじめに

 少し旬は過ぎてしまったように思いますが、少し前に東京オリンピックのボランティア募集について、「ブラックボランティア」であると言われたり、参加者に賃金を支払うべきとか、いわれることがありました。

 ボランティア参加者に対して労働基準法をはじめとする労働者保護法規を適用できるかについては、いちおう議論があるところです。

 そこで、この記事では、まず、どのように労働者保護法規の適用対象となる人が決まるのかを簡単に紹介します。その上で、少しだけ東京オリンピックのボランティアについても触れようと思います。

労働者保護法規の適用対象となる「労働者」って?

 労働法の視点からボランティアを議論する際には、まず、ボランティアに参加する人たちが、労働保護法によって保護される労働者といえるのかを考えなければいけません。

 労働基準法(以下、「労基法」といいます。)9条1項は、「この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所…に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定しています。

 したがって、労働基準法に規定されている「労働者」というのは、特にことわりがない限り、労基法9条1項の「労働者」と同義であるということになります。

 また、労災保険法など、労働者を保護する目的で制定された法律で使用されている「労働者」の定義についても、この労基法上の「労働者」の定義と同じであると考えられています。*1

 したがって、労働者保護法規によって、ボランティアが法的に保護されているのかをみるためには、労基法上の「労働者」にあたるのかを見なければいけないということになります。

 そこで、労働基準法の定義をもう一度確認してみますと、これがなかなか抽象的であることが分かります。

 この定義の解釈をどうするかということについては、『労働基準法研究会報告』というものがありますので、リンクを貼っておきます。

 

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/library/osaka-roudoukyoku/H23/23kantoku/roudousyasei.pdf

 

 つまり短くまとめるとすれば、基本的には①仕事の依頼、業務従事への諾否の自由の有無、②業務遂行上の指揮監督の有無、③勤務場所や勤務時間の拘束性の有無、④代替性の有無、⑤報酬の労務対償性の有無、を基準として判断し、

 これらによっても判断が困難となる限界的な事例においては、⑥事業者性の有無、⑦専属性の有無なども加味して判断する、ということです。

じゃあボランティアって労基法上の「労働者」なの?

 この点を考えるに当たって参考になる事例として関西医科大学事件がありますので、以下にリンクを貼っておきます。

 

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/353/052353_hanrei.pdf

 

 上記の事例では、研修医の研修が教育的側面を有していることから、報酬の労務対償性が否定され、したがって労基法上の「労働者」とはいえないのではないか、ということが問題となりました。

 しかしながら、判決では研修医が労基法上の労働者にあたるとしています。

 荒木尚志先生の分析によれば、労基法上の労働者にあたるかどうかの判断に際しては、当該活動が誰のためになされているのか、そして、その場合の報酬の有無・労務対償性が問題となる場合があり、本判決では、奨学金の金員の支払があり、それが給与扱いとなっていたという点が考慮されています*2

 この分析を基に検討するとすれば、自発的なボランティア活動においても、当該活動が自らのために行われているものといえますから、報酬として支払われた金員が、給与扱いとなっているような場合には、報酬の労務対償性が認められ得るということになりましょう。

 他方において、報酬の出ないボランティアにおいては、そもそも報酬が支払われていないのですから、労基法上の労働者とはいえないと考えるのが通常です。しかし、一定の場合には労基法上の労働者にあたると考える見解もあります。この点については、最後に後述します。

東京オリンピックのボランティアの場合は?

 以上の整理を基に、今回の東京オリンピックのボランティアに対して、1000円のプリペイドカードを支給するというのは、労働者保護法規の適用をぎりぎりのところで回避しようとしているようにも見えます。

 すなわち、当初は完全に無報酬の予定だったところ、この場合には、ボランティアの参加者は労基法上の労働者とはいえません。

 また、1000円のプリペイドカードの支給についても、あくまで交通費という名目ですから、あくまでもボランティア活動に対する給与扱いとは異なるものです。したがって、関西医科大学事件判決のように、給与扱いであることを理由に労基法上の労働者性を肯定することはできません。

 したがって、東京オリンピックのボランティアの参加者は、労基法上の労働者とはいえないのではないかと思われます。

 なお、高等学校において、担任教師が高校生に対して、強制的にボランティアに参加の申込みを書かせたのではないかということが話題になりましたが、学校側がそのようなことはしていない旨反論するような報道が流れていました。

 この点については、私が先ほど報酬の出ないボランティアにおいても、一定の場合には労基法上の労働者にあたると考える見解もあります、と言ったところに関係しています。この見解は、労務受領者に利益が帰属する場合において、ボランティア参加者の「就労実態から見て当然に賃金支払が約定されるのが通常であるにもかかわらず、無報酬で労働を強制されたような例外的な場合」については、賃金を実際に支払っていなくても、労基法上の労働者にあたるとするものです(荒木尚志『労働法〔第3版〕』38頁(有斐閣、2016))。

 これを基に検討するとすれば、オリンピックのボランティアは、その業務内容の過酷さからして、仮に参加を強制されているとするならば、労基法上の労働者にあたるとする余地はあるものと思われます。

 そうすると、学校側が強制していないと主張するのも、ボランティア参加者が労基法上の労働者にあたらないとの意味も含まれているのでしょう。

終わりに

 以上で検討は終わりです。初投稿になりますが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

*1:水町勇一郎『労働法〔第7版〕』64頁(有斐閣、2018)など参照。

*2:荒木尚志『労働法〔第3版〕』57頁(有斐閣、2016)